セカンドライフ

結局は日本人にはあまり受けなかったセカンドライフ。

ドラクエなどの画像に見慣れている日本人にとって、やはりあの雑な感じの画像はなじめなかったのだろう。

個人的には4~5年前からセカンドライフを使っており、初期に比べると今は途方もなく大きな世界になってびっくりしている。できることも色々増えたし。

でも、やはりどうもハマりきれないのは、10年前の3Dのような画像だ。

そろそろもっとちゃんとしたメタバース(セカンドライフのようなもの)が出てこないか首を長くして待っていたら、やっと出てきた。

meet-me


なんとメイド・イン・ジャパン!アニメと言えば日本なので、ちょっと期待してしまう。まだクローズドβ公開なので入っていくことはできないけど、サンプル画像を見る限りセカンドライフよりはスムーズな画像っぽい(あまりに“東京”を意識しているのがかっこわるいけど…)。

とにかく、しばらく注目してみたい。

http://www.meet-me.jp/

そのチョコMatta(まった)

『そのチョコMatta(まった)!遺伝子組み換えでないチョコを作って』

明治製菓へのキャンペーンを開始

そのチョコ Matta! (待った) 明治チョコレートをトゥルーフードに

グリーンピースでは遺伝子組み換えを一切使っていない本物の食“トゥルーフード”を目指して、トゥルーフード・ガイドの配布を始め、企業や政府にキャンペーンを展開しています。今日から明治製菓へのキャンペーン『そのチョコMatta(待った)!』を開始しました。

グリーンピースが無料配布している『トゥルーフード・ガイド』は、日本ですでに11万部以上も配布するほどのお申し込みがあり、遺伝子組み換え原料を使用した食品に不安をもつ消費者が多いことは明らかです。しかし、現在の日本のゆるい法律では、大人も子供も大好きなチョコレートに使われている乳化剤(レシチン)の原料(大豆由来)に遺伝子組み換え原料が使われているかどうかの表示義務がありません。そこで、チョコレート業界で大きなシェアを誇る、誰もが知っていてみんなが大好きな明治製菓に、“日本のチョコレートの模範となるような、安心で環境のことも考えたチョコレートを作って欲しい。中国では遺伝子組み換え原料を使っていない明治製菓だから、ぜひ日本でも頑張ってもらいたい!”との思いを込めて、このキャンペーンを始めます。

明治製菓に変わってもらうため「遺伝子組み換えでないチョコを作って」という、あなたからの声を届けましょう。あなたのお気に入りの明治チョコレートを写真に撮って、メッセージと一緒に送ってください。グリーンピース・ジャパンから責任を持って、明治製菓へ届けます。

◎キャンペーンの詳細とメッセージの送信はこちらから:
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/gm/cyberaction/meiji2/?gv

◎明治製菓が遺伝子組み換え原料ゼロのお菓子を約束してくれた時など、遺伝子組み換え国内外の最新情報をメールマガジンで受け取る:
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/gm/tfn_subscribe?gv

◎遺伝子組み換えについてもっと良く知りたい方はこちらから:
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/gm/basic/?gv


Webサイトやブログをお持ちの方は、このキャンペーンのバナーかリンクをあなたのブログに貼ってみませんか?今、あなたのブログからのアクセスが上位になると、あなたのサイト名とリンクが表示されるアクセスランキングを開催中。

◎アクセスランキングへのご参加はこちらから:
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/gm/cyberaction/meiji2/banner_html?gv

自分が望むべく大きな役割

天がその人に、大きな役割を与えるとき、必ず、まずその人の心と志を苦しめる。

また、その肉体を疲れさせ、その身を窮乏させ、

その人のめざしているところと違ったところに追い込む。

これは、その人の心を強くし、発奮させ、精神を忍耐強いものにし、

今までできなかったことを成し遂げることの出来る人間にするためである。

人間は、失敗して、それを反省することでよくなっていく。

心を苦しませ、考え悩んでから立ち上がって行く。

苦しさが顔にまで表れ、声にも出るようになって、

その後にようやく、自分が望むべく大きな役割に、気づくことができるのだ。


孟子

THE 11TH HOUR

今年のカンヌ祭で上映された『THE 11TH HOUR』に注目しています。

制作、脚本、ナレーションは俳優のディカプリオ。

地球温暖化をテーマにした作品で、『不都合な真実』と同じようにニュース素材や科学的なデータを元に制作されています。

この作品の中で12人の科学者達が「現在の速度で地球温暖化が進行した場合、人間社会は消滅するだろう」と結論づけているそうです。それも数百年という単位ではなく、数十年という単位で…。

僕もそうですが、たとえば阪神淡路の大震災のように短時間に多くの命が奪われると強烈な危機感を感じますが、ゆっくりと多くの命が奪われることに関してはそれほどの危機感を感じないのです。たとえば日本国内だけで1年間で自動車によって約120万人が死亡・負傷していますが、地震や津波と比較するとインパクトは薄くなっています。

僕たちは、このゆっくりとしかし確実に進行しているクライシスをもっともっと意識して、生き残るためにちゃんと省エネしていかなくてはなりません。

もちろん、アホみたいに大量のエネルギーを消費し続けている人類なんて絶滅してしまうほうが地球にとっては良いことなのかもしれませんが…。

http://www.youtube.com/user/11thhouraction

わからないから、やる。

わからないから、やらない。

できないから、やらない。

やりたくないから、やらない。

わかるから、やる。

できるから、やる。

やりたいから、やる。

もし、何かに対してこのような考え方を持っているとしたらなるべく早く切り替える努力をはじめましょう。

わからないから、やる。

できないから、やる。

やりたくないけど、やる。

こういったことをたくさんやっている人ほど伸びます。

もちろん、やりたいことでも、やりたくないことでも、無意味なことは絶対にやっちゃいけません。

僕の大先輩で経営的にも人間的にも僕などは足下にも及ばない偉大な方に下記のことを教えていただきました。

楽に稼げる1万円のアルバイトと苦労して稼げる1万円のアルバイトがあるとしたら、若いうちは苦労する方を積極的に選びなさい

1万円を稼ぐことだけが目的だとしたら楽な方が良いに決まっています。

でも、僕たちが今日過ごす意味は金儲けだけではありませんよね?

自分自身がアップグレイドしていくこと、これが一番大切です。

昔から「苦労は買ってでもしろ」と言います。

僕も自信を持って、つくづくそう思います。

楽なほう、楽なほうを選んでいって成功した人を僕はひとりも知りません。

思い出してみてください。恥ずかしくて、勇気がなくて、できなかったあのことを。

後悔していませんか?

「あのとき、ああしてればよかった...」という後悔。

もちろん、どんな行動にもどんな過去にも後悔はつきものです。

しかし、やったことによる失敗や反省は貴重な財産になります。

やらなかった結果の後悔は苦しいだけです。

逃げたり、休んだり、遊んだり、さぼったり…、とにかく「楽」を選んだとしたら、あなたは10年後も「ある程度の人間」でしかありません。

そして必ず後悔します。

わからないこと、できないこと、やりたくないことに積極的に向かっていきましょう。

その結果、大失敗してもいいんです!

失敗は財産に、大失敗は大きな財産になります。

成功から得るものより、失敗から得るもののほうが遙かに多いですし、貴重です。

失敗したことがあまりない人、大失敗なんて月に1度程度という人は自分のできる範囲のことにしかやっていないという証になります。

かっこわるいですね。

高いハードルに挑戦するからそのハードルを越えられないんです。失敗するわけです。

何度も何度もこけて、けがをして、でも立ち上がってまた挑戦して...。

そういう人だけがそのハードルを越えられるようになるのです。

それを「アホだ」というアホもいますが、挑戦しない人はそのハードルを越えられません。

全ての成功者の共通点。「成功者は、成功するまで続けた人」。

みんなが羨むようなハードルを越えた人は、それを超える前に100回もそのハードルを倒してしまっています。

100回もそのハードルを倒してしまったからそのハードルを越えられるようになったのです。

今日、楽をした人は「楽」しか得られませんが、苦労した人は、その結果「成功」や「失敗」を得て、最高の「快感」を得られます。

その快感を何度も経験すれば病みつきになりますよ!

もっと傷だらけになって、もっともっと辛い思いをして、素敵な人になっていきましょう。

この世紀において影響力を持つのはどこの国?

かつては大英帝国、今はアメリカ合衆国が地球に大きな影響力を持っています。

21世紀になって7年近く経ちましたが、この世紀において影響力を持つのはどこの国に変わるのでしょう?


今、地球上では8秒間に34人の赤ちゃんが誕生しています。そのうち1人がアメリカで生まれ、4人が中国、5人がインドで生まれています。つまり、アメリカと比較して中国は4倍、インドは5倍の勢いで人口が増えているのです。

2006年に大学を卒業した人数はアメリカでは130万人、中国は330万人、インドでは310万人です。

そして、インドで大学を卒業した人の中で英語が話せる人の割合は100%です。

10年後には、英語を話している人口が最も多い国は、(アメリカでもイギリスでもなく)中国になります。

ご存じの通り、インドは既にIT大国ですし、インターネットに接続している人口がもっとも多いのはアメリカでも日本でもなく中国です。

そうです。ものすごい勢いで、中国とインドが力を付けてきているのです。

世界が中国とインドを中心に回り始めるのは時間の問題でしょう。

再生紙利用のススメ

再生紙以外の紙は使わないようにしましょう。

1トンの再生紙利用によって、ベッドルーム3部屋の1年分の電力を削減することに繋がります。

以前、ここでも書きましたが、再生紙の値段がバージンパルプを使った紙よりも高いことが大きな問題です。なので、普通の紙に税金をかけ、相対的に再生紙のほうが安いという状況を作り出す。その税金は再生紙や非木材紙利用促進に使っていくという対策が必要でしょう。

でも、今は、少し値段が高くても、地球環境を守るための募金だと考え、再生紙を使うようにしましょう。みんなが再生紙や非木材紙以外の紙を買わなくなれば、金儲けだけしか考えていないような製紙会社も自然と変わっていくでしょう。

今日が不買運動のスタートです。

歩き煙草が恥ずかしいように、ゴミのポイ捨てが恥ずかしいように、木を切り倒して作られた紙を買うことも恥ずかしいことなんだという意識を拡げていきませんか?

エコな生活

僕は自動車免許を持っていないので、自動車を運転することはありません。

かといって、バスに乗らない、タクシーに乗らない、あるいは知り合いの車に乗らないということはないので、地球温暖化の問題は責任を感じ、強く反省をしています。

もちろん、地球温暖化の問題は自動車だけの問題ではありません。

また、広い意味では今の危機的状況は温暖化だけの問題ではありません。

しかし、何が悪い、誰が悪いと討論するだけでは問題は解決せず、やはりひとりひとりが半径3mの環境を良くしていく努力が、結局はもっとも大切なことでしょう。センスの問題ですね。

今日、たまたま子供達が見ていた「ヒストリーチャンネル」の番組でガソリンからエタノールへ自動車などのエンジン燃料が変わろうとしていると言っていました。

エタノールは砂糖からできるんだそうです。つまり、サトウキビですね。

全ての自動車の燃料がエタノールに変わると、それに必要なサトウキビの栽培で自動車が出す二酸化炭素がリクープできてしまうそうです。

ニューヨークなどでは、ガソリンに10%のエタノールを混ぜた“E10”(エタノール10%)の使用が義務づけられているそうです。

日本ではまだまだそこまでいっていません。

ガソリンにしてもエタノールにしても、結局は輸入に頼らざるを得ない日本としては、エタノールよりも国内で生産できる(※)水素などに進んでいくのかもしれません。

どちらにしても、上記の“センス”の問題です。

ひとりひとりが意識を高め、ガソリンや電力をなるべく使わない生活スタイルに切り替えていかないと、次の次の世代の人達から、バカにされることになるでしょう。

Hey you




Hey You

Don’t you give up

It’s not so bad

There’s still a chance for us


Hey You

Just be yourself

Don’t be so shy

There’s reasons why it’s hard


Keep it together

You’ll make it all right

Our celebration is going on tonight

Poets and prophets…what ending would we do?

This could be good…hey you


Hey you

Open your heart

It’s not so strange

You’ve got to change…this time


Hey you

Remember this

None of it’s real…including the way you feel


Keep it together

You’ll make it all right

Our celebration is going on tonight

Poets and prophets…what ending would we do?

This could be good…hey you


Save your soul, little sister

Save your soul, little brother


Hey you

Save yourself

Don’t rely on anyone else


First, love yourself

Then, you can love someone else

Then, you can change someone else

Then, you have saved someone else


But, you must first love yourself

Then, you can love someone else

Then, you can change someone else

If you can change someone else

Then, you have saved someone else

But, you must first…


Hey you

There on the fence

You’ve got a choice

One day…it will make sense


Hey you

First, love yourself

And, if you can’t

Try to love someone else


Keep it together

You’ll make it all right

Our celebration is going on tonight

Poets and prophets…what ending would we do?

This could be good…hey you


First, love yourself

Then, you can love someone else

Then, you can change someone else

Then, you have saved someone else


But, you must first love yourself

Then, you can love someone else

Then, you can change someone else

If you can change someone else

Then, you have saved someone else

But, you must first…


子供が求めるもの



新しい釣り竿を買ってもらったという思い出ではなく、お父さんと釣りに行ったという思い出を僕はほしいんだよ…お父さん。

資源の売買

 
電気が売られていることにビミョーな違和感を感じ続けています。

電気っていったい誰のものなのか?元を辿れば地球のエネルギーです。それを誰かが勝手に独占して加工~販売しているわけです。

買う側(電気を使う側)はお金さえ払えばいくらでも電気を使ってもよいという感覚に陥ってるし…。

そして途方もなく莫大なエネルギーが消費され、水力発電や風力発電では全然足りない状態になり、原子力に頼らざるを得なくなり、六ヶ所村に通じていくわけです。

「原子力反対!」と叫ぶことも非常に大切なことですが、それと同じように、いや、それ以上に大切なことは、なるべく電気を使わない生活に戻ることです。みんなが強くそういう意識を持つことが大切です。

でも、なかなかそうはいかない。そこを目標にしても夢物語に終わってしまうでしょう。

では、どうすればよいか。

電気に思いっきり税金をかけるのです。電気代が今の倍になるくらい税金をかけてしまう。累進課税が好ましいですね。既に電気を節約して生活している人は電気代が安くなり、アホみたいに使ってる奴らには電気代が3倍になるような形にする、と。そうすると、自然と節電の意識が高まるでしょう。

もちろん、この税金は全て地球環境改善のために使います。

そういえば、僕は10年ほど前、あるウェブでバージンパルプに思いっきり税金をかけて、相対的にリサイクルペーパーのほうが安価になるようにしようと呼びかけたことがあります。全く同じ発想ですね。

ガソリンももっと税金をかけて、それを道路の拡張に使うのではなくて、地球環境改善に使うべきです。

こういった方法で効果が出ないなら、(共産主義っぽいですが)ひとりあたりの電気使用量を制限する法律を作るしかありません。いやですね。

死刑があるから殺人しないのではなく、殺人が良くないから殺人しないというのが正しい考え方です。同じように、電気代が高いからとか法律で制限されているから節電するというのは悲しいですね…。

でも、残念ながらこういう強硬手段を採る時期が来てしまっているのは確実だと思うのです。
 

コンピューターネットワーク

僕が経験した最初のパソコン通信は音響カプラという機械をパソコンに接続し、同じく音響カプラが接続された友達のパソコンと電話回線を経由して行ったものでした。半二重という形でしたが、なんとか双方向の通信ができていました(半角カタカナで「コンニチハ」って送って驚喜していました(笑))。データを音声に変換して電話回線に乗せ、着信した音声をデータに戻すという通信です。この少し前までデータを記憶する媒体(今はハードディスクが主流)はカセットテープでした。これもデータを音声に変えてカセットテープに“録音”していたわけですね。

その後パソコン通信が発展して、ホストサーバーにデムを使って(電話回線を使って)接続する形が一般的になりました。それまでは電話のように1対1で通信していたのが、どこかの会議室に集まってみんなでワイワイ話ができるようになったわけです。それはそれで楽しかったのですが、ホストサーバーがダウンしてしまうとだれとも通信できなくなってしまうというデメリットも存在していました。

さて、その後(1990年代に入って)インターネットが僕たちの手元に現れました。ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)という言葉(考え方)に象徴されるように、あるホストコンピューターにみんなが接続するのではなくそれぞれが蜘蛛の巣の形のように接続しているという仕組みが僕にとっては革命的でした。Mac(Macintosh SE/30など)を使っていましたのでAppleTalkで簡単にネットワークを作ることはできたのですが、それが世界規模で接続しあっている様に興奮したものです。

しかし、その後は(ホストコンピューターに接続するように)人気のあるウェブサーバ(ウェブサイト)にみんなが接続するという形に戻っていったのです。みんながテレビでフジテレビにアクセスする(チャンネルを合わせる)のと同じですね。誰かが「インターネットを見る」という表現を使っていてショックを受けたこともあります。コンテンツを受信することだけがインターネットに接続する目的になりつつあったのです。

個人的にはテレビ局やメジャーレコード会社のコンテンツ(番組やCDなど)に人が集まるのではなく、小さな単位(個人のパソコン)から発信されるコンテンツ(映像や写真やテキストなど)に人が集まるというWWWの形態に興奮していたので非常に残念でした。ジョン・レノンの歌う「POWER TO THE PEOPLE」の“POWER”をインターネットで得ることができたと思っていたのです。テレビやラジオ、紙媒体と違い、インターネットは受信だけではなく発信できることが革命的だったのです。なので、1994年にスタートさせたプロバイダー“KIWI internet”は“情報発信できること”を売りにしました。ユーザーに発信する楽しさを知ってほしかったので、発信するための環境を他のプロバイダーより充実させました。でも、我々の微力はなんの影響も効果もなく、世の中はインターネットで情報を“得ること”が中心になっていってしまったのです…。

しかし、やはりインターネットは既存メディアとは違っていました。ブログ(Weblog)の登場です。ブログを使えばそれまでの数倍も簡単にウェブページを作り、発信することができるようになったのです。ワープロで文章を書く感覚でウェブページを作成し、世界に発信できるようになったわけです。僕がこれに飛びついたのは2003年でした。自分の文章(日記でもなんでも)をインターネットを使って発信するためにはHTMLだかJava scriptだとか、そんなプログラムみたいなことを勉強しなければならない時代は終わったのです。

何十万もの人たちが待ってましたとばかりにブログを使い発信を始めました。新聞やテレビでは得られない情報がどんどん流れ始めました。すごく自由になりました。表現の自由。

ブログは今やマスコミと同じかそれ以上の力を持ち始めています。あるひとつのブログが力を持ち始めたのではなくて、ブログの集合体が力を持ち始めています。ブログを書いている人たちに商品を見せ、その評価を多くのブログに書いてもらうことで、テレビなどで広告を出すのと同じかそれ以上の効果が現れるようになってきたのです。

しかし、進化はまだ途中です。残念ながら現時点では多くの場合、結局のところウェブサーバというホストコンピューターのようなものが必要なのです。次のステップは、ワールド・ワイド・ウェブという考え方に再び戻ることです。

それはピア・ツー・ピア(Peer to Peer/P2P)のアップグレードです。

ピア・ツー・ピアというと、初期の頃はナプスターが有名でしたし、日本ではWinnyが(悪い意味でも)有名ですね。そういった初期型のP2Pではなく、もっとインテリジェントでセキュアーなP2P技術が革命を起こすでしょう。

近いところでは“BitTorrent”があります。完全にセキュアーとは言い切れませんが、大きな可能性を感じさせてくれます。日本ではまだまだユーザーは少ないのですが、世界的に見ると大きなトレンドを形成しています。

BitTorrent がこれまでのP2Pソフトウェアと大きく異なるのは、既存ソフト(Napster等)の法則に反して、「人気のあるファイルであればあるほど、ダウンロードが速くなる」という特徴である。それまでのP2Pソフトウェアの構図は、一極集中型であった。これは、限られた数の豊富な帯域を持っているユーザの周りに、帯域の貧弱な大量のユーザがぶら下がる構図である。このため、ある一つのファイルを取得するためにユーザが集まると、ダウンロード要求が一極集中し、全体の拡散速度としても豊富と言われた帯域を占有するだけの速度しか出すことが出来ない。この現象に対してBitTorrentでは、「相手(ピア)からファイルの一部を受けとるには、自分もファイルの一部を渡さなければならない」という規則を導入し、貧弱な帯域を持つユーザでも全体のファイル配布に協力できるようにした。これにより、人気のあるファイルに対する要求であっても、それだけ多くのユーザが配布に協力することになり、結果としてユーザ全体へ速く浸透することが出来る。(出典:Wikipedia)というのが特徴です。

インターネットがテレビやラジオといったメディアではなく、インターネットとしてその特徴を最大限に生かすためにはこのようなP2P技術のアップグレードが必要なのはいうまでもありません。またこれにより、ギブ(与える)だけ(テレビ局)とかテイク(受け取る)だけ(テレビ)ではなく、インターネットのとても大切な文化である“ギブ&テイク”という文化を存続させることができるようになるのも大切な特徴です。インターネットは特定の誰かのものではなく、みんなのものです。みんなでギブ&テイクしながら大切に守っていかなければなりません。そういう意味においても僕は一番最初のパソコン通信のようにP2Pに戻っていくことを願ってやみません。

戦争

アメリカ人がイラク人を、ドイツ人がポーランド人を、日本人が中国人を、中国人が中国人を、イラク人がアメリカ人を、ベトナム人がベトナム人を、、、殺して、殺して、殺して、、、ずっと殺している。

殺す人も殺される人も不幸だ。戦争。僕たちはいつになったらこういったことをやめることができるんだろう。土地やお金のために人を殺すことをいつになったら「イケナイコト」だと知るのだろう。俺たちはアホなのか?

すごく古くて、若い人たちにはダサいと言われるかもしれないけど、やっぱり Love & Peace ってすごく大切なことだと思う。試験の結果が良い人より、Love & Peace を唱えている人たちのほうがよっぽど頭がよいと思う。

絶対に忘れちゃいけない。これはゲームでもビジネスでもない…

Let love rule.

9.11

2001年9月11日、BobとBriはWTCのノースタワーから500マイル離れた自宅アパートメントから事件をビデオ撮影しました。あまりにもショッキングな出来事だったため、これまで公開されることはありませんでした。

誰かに見せることを想定せず一般の人が撮影した非常にリアルな映像です。ニュースや映画で見る9.11とは違う、生々しい9.11。現実感が喚起されます。

FlickrVison

Flickr はYahoo!が提供している写真共有サイトです。

ほぼ無制限に写真をアップロードできて無料なのでとても多くの人が使っています。僕も1997年頃から取り始めたデジカメの写真(50GBぐらい)を何週間もかけてほぼ全てFlickrにアップロードしました。

大人気のFlickrには公開設定されたものだけでも1秒間に2~3枚というすさまじい勢いで世界中から写真がアップロードされています。非公開(自分あるいは選んだ人たちだけで見ることができる設定)でアップロードしている写真も加えると1秒間に10枚以上アップロードされているんじゃないかと思います(もっとかもしれない)。

公開設定されている写真はここで誰でも見ることができます(リロードするたびに新しい写真[今アップロードされた写真]を見ることができます)。

この世界中から流れてくる素人が撮影したすごく生活感溢れる写真達を見ているだけでも充分楽しいのですが、この写真達をGoogleマップ上の地図にそれが撮られた場所(撮影者の住所なので少しおおざっぱな場所)にリアルタイムに貼り付けながら表示してくれるのが“FlickrVison”です。

世界地図の上にどんどん貼り付けられていく写真達。当たり前ですが、今もその場所で誰かの生活があり、そこで誰かが普通に生きているということが再認識されます。

映画や新聞で見る外国ではなく、そこにいる、そこで生きている人たちの生の写真達はリアルを鮮やかに表現してくれています。

もし1945年にFlickrがそしてFlickrVisonがあれば広島に原爆は落とされなかったかもしれません(少し大げさかな)。

世界平和に繋がるFlickrVison。おすすめです。


P.S.
このサイトの制作者は同時に写真ではなくTwitterのメッセージをリアルタイムに地図に貼り付ける“TwitterVison”というサービスも提供してくれています。

9.11

2001年9月11日。アメリカ本土が攻撃された。なぜ?だれが?



ジサツ

自殺が多い県第1位は8年連続で秋田県。その数447人(2005年度)。同県の交通事故死の6倍に当たるそうです。

自殺。気持ちは十分理解できます。殺人の理由もある部分、理解できるようにね。

理解できるからといって、やっていいかというと、それはない。

死ぬ人は当然楽になるんだろうけど、残された人には地獄が待つ。あまりにもワガママですね。

自殺を止めさせるために、例えば「死んで花実が咲くものか」とか、そういったことを“本気で”自殺を考えてる人に言っても、もちろん全く無意味です。そういった常人の精神状態からは遠くかけ離れているんですから。ある種、狂っている状態なんです。狂うほど辛い思いをしているんですね。

僕もこれまで何度か本気で「死んだ方がまし」という感覚に陥ってしまったことがあります。精神的にずたずたで、世界が地獄に感じていました。

でも、今から考えると、あの時死ねなくて良かったと思っています。

願いは必ず叶う、、、と信じられるようになりました。

http://www.yukan-fuji.com/archives/2007/03/post_8728.html

パソコン中毒

どうも最近の僕たちは毎日パソコンを使ってしまう。なにかメールが来ているんじゃないか、とか、新しい情報が入っているんじゃないか、マイミクの日記を読まなくちゃ書かなくちゃ、ブログを読まなくちゃ…等々。

中毒とまでは言わないが、どうも1日1回はパソコンを使わないと落ち着かない。携帯電話を家に置き忘れて外出したような気分。テレビのような存在になってしまってる?

ま、それはそれで特に悪いことではないんだけど、たまにはパソコンを使わない1日があってもいいんじゃないか?ということで、「Shutdown Day」というイベントが始まっています。 

これは3月24日にパソコンを使わない1日を作ろうぜ!と呼びかけているイベントです。

明かり(電灯)を消そう!というイベントに近い感覚ですね。

なかなか自分では実行できないことですが、こういう風に誰かが呼びかけてくれて、みんなでやるんだ的なムードが漂えばやりやすいですね。僕はやってみます。

金を儲けるためのコロシ

百歩譲れば宗教や国境を守るための戦争は理解できる範囲に入るかもしれない。でも、ベトナム戦争やイラク戦争のような金儲けのための戦争は完全に理解不能。

僕たち(アメリカ・サイド)はどうしてこんなにも経済を優先させるんだろう?そして、そのためにどれだけ殺せば気が済むんだろう?

どれだけ殺しているかという実感が僕たちに無いのもこの戦争を止められない理由のひとつだろう。


Iraq War Coalition Fatalities

このサイト(↑)の赤いボタンをプッシュすれば、少し実感できる。

〝夢〟って?

僕は「夢に向かって!」とか「ゴールを目指して!」的な話や歌や映画が大好きです。なので、新卒採用の面接でも「会社のためとか株主のために仕事をする(仕事をさせられる)のはなく、自分の夢を達成するために仕事をしよう!」とアジっています。

でも、今朝、ふと思ったのです。多くの人が考えている“夢”だとか“ゴール”って、本質的な“夢”とか“ゴール”とは違うかもしれない、と。

僕が定義する“夢”は「やりたいこと」だとか「できること」などといったものではないんですよね。「やりたいこと」的なものって夢っていうより、なんていうか、“趣味”って感触に近くなってしまう。

僕が定義する“夢”は「やらなくちゃいけないこと」なんです。当たり前だよー!って感想を持つ人が多くいることを心より期待しています。

「やらなくちゃいけないこと」が「やりたいこと」と一致すればいいですね。でも、一致しなくてもいいと思うのです。「やらなくちゃいけないこと」がやりたくないことであったり、できないこと(得意じゃないこと)であっても僕たちはそこに向かわなくちゃいけないんです。それが“夢”とか“ゴール”です。なかなか夢を見つけられない理由もここにありますね。やりたいこととか得意なことは比較的簡単に見つかりますが、「やらなくちゃいけないこと」(産まれてきた意味的な事)は見つけにくい。

もちろん、やりたいことをやるな!ってことじゃないですよ。でも、やらなくちゃいけないことをやることがもっと大切だと思うのです。そういったことをできることが動物と人間の違いなのかもしれません。

僕たちはどこから来て、どこに行くの?

毎号必ず買う雑誌のひとつ“Newton”。最新号(3月号)の特集は『最初の生命』。

科学的ではあるけど、哲学的でもあり、宗教的でもある。そういえばホーキング博士も例えばブラックホールに関して『実験データや観測を総合するとブラックホールの存在は絶対だが、“神様”がそう見せているだけというのも否定できない』的なことを何かに書いてたな。

誰もいない海岸に落ちていた、1個の時計。それを拾った人物は、きっと「誰かが落としたか、さもなければどこかから流れ着いたものだろう」と考えるはずだ。普通、これらが自然にできたとは思わない。(中略)ならば、地球の生命はどうだろう。(中略)細胞のなりたちを知れば知るほど、「これは誰かが地球に落としたか、さもなければどこかから流れ着いたものだろう」と思いたくもなる。

僕たちはどこから来て、どこに行くの?

個人の社会的責任

『企業の社会的責任』と訳されることが多いCSR(Corporate Social Responsibility)。

環境問題と同じように企業が仕方なくやるもの。『ムード的にやっとかないと企業イメージが悪くなるよなー』的発想。

でもいいんです。企業に純粋性、潔白性を求めていく時間はないし、おそらく無理だから。なので僕たちがやらなくちゃいけないことはムード作り。

でもその前に僕たちが気にしなくちゃいけないことは『個人の社会的責任』じゃないかな。

PSRとでも呼んでおこう。

みんな、社会に対して何をどれぐらいやってますか?自分のために費やす時間と社会のために費やす時間のどちらが多いですか?ゆっくり、じっくり考えてみたい。

東野圭吾さんの『片想い』

 血液型性格診断を信じている人は多い。その人たちによれば、人間はA、B、O、ABの四種類に分類できるということなのだろう。しかしそういう人たちでも、日常生活で血液型によって相手を差別するということは殆どない。血液型が違っても、人間であることは変わりないと思っている。また同時に、本当に分類するには四種類などという大ざっぱな分け方が不可能であることも知っている。
 ではなぜ多くの人は、性染色体のタイプに縛られるのだろう。XXであろうとXYであろうと、あるいはそれ以外のものであろうと、人間には変わりがないという考え方がなぜできないのだろう。


以上東野圭吾さんの『片想い』から引用。

時間が無くてなかなか読み進められなかった『片思い』。かなりキタよ。

性同一障害”ってすっげー差別用語だって気づかされた。そんな障害(病気)は存在せず、単なる少数派なんだ。

人間の11%は同性愛者なんですよ(『もし世界が100人の村だったら』より)。