死ぬまでにやる100のリスト

『死ぬまでにやる100のリスト』というのを書いて、目につくところに張っておくとよい、という話を聞いてやってみたら、これが実によい。

まず100個もの“死ぬまでにやりたいこと”を考える行為が自分自身の考察に繋がる。“自分”がおぼろげながら見えてくるのだ。

最初の30~40個はすらすら出てくるんだけど、その後に苦しむ。寝ても覚めても、本を読んでいてもTVを見ていても常に考える。本やTV、世間の見方が変わっていた。

1週間ほどかかって完成した『100のリスト』をデスクに張り、眺めていると、“自分”って奴が生まれてきた理由が書かれていることに気付く(残念ながら“意味”は書かれていない)。

僕にとって、これはとても新鮮な体験だった。

特に、一日のほとんどを“考える”とか“想う”ではなく、“知る”や“得る”に費やしている人たちにはぜひやってほしい。


“死ぬまでにやること”は大げさに捉える必要はない。たとえば「猫を飼う」とか「30才の誕生日に自分で××を買う」、「ハワイに行く」といったものも含めて構わない。

みなさんも一度トライしてみてはいかがでしょうか。自分への旅ができますよ。

自由

ある新聞に書いてあった地下鉄サリン10年についてのコラムの一文(不正確)。

最近の教育によって、他人について想像することを停止され、自分とは違う他人を憎む癖がついている。』

えっ?っと思うけど、よーくよーく考えてみたら、もしかしたらそういう人が増えている気がしてきた。

「自分の価値観」や「ガッコーで教えられた(洗脳された)ジョーシキ」みたいなものだけを大切にし(信じ)、それから外れている人を素直に受け入れられない人…が増えているような気がしてきた。アリエナイ。

成功している人は多くの人が常識だと思っている世界では生きていない。

ま、もちろん、オウム真理教を受け入れろとは思わないが、単純に否定して死刑にすればいいのか?っていうとちょっと違うぜーってのがコラムの趣旨。そのとおりだと思う。

僕はどちらかというと、自分の価値観や自分の常識から外れた人にこそ興味を持つし、つきあいたいと思う。

そして、それにインスパイアされることにより、自分がより高いレベルに達することができる。

自分は自分だけでいいし、自分のクローンを作ろうとは思わない。自分とは違う価値観や常識を持っている人とうまくつきあって生きたい。

それが自由ってやつ。

もちろん、自分と同じ価値観を持っている人を否定するわけではないけど…。